はじめに
芸術愛好家の皆様、ようこそお越し下さいました。ごゆっくりどうぞ。
♪オープニング
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 尚、本サイトの画像は、自作もしくはPublic Domain(下記の青字リンク先をご参照下さい)になった過去の巨匠の作品の画像を使用。WikiPediaからお借りしています。各記事の画像をクリックすると拡大表示されます。
     ・・・過去の偉大な巨匠たち、先人たちに敬意を表して・・・
                                     
♪感傷的な主題と展開
作曲:村田雅和
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2010年04月26日

夢の研究

 一年以上探し続けていた白鳥友彦氏の詩集『夢の研究』(森開社)をようやく手にしました。日本では珍しい(三方折込)仏蘭西装の薄い書籍です。経年による傷みは否めないものの、不思議な雰囲気が書物全体から漂っています。フランス人は、化粧裁ちされていない綴じられただけの仏蘭西装の状態の書籍を購入し、後に製本を専門家に依頼するのですが、日本ではそのような習慣はないので、仏蘭西装の書籍は東京の神保町以外では見ないと思います。

 図書館でティボーデによる『マラルメ論』を発見。書くという行為、物体としての書籍に関心のある私としては、ノディエ、マラルメは実に興味深い作家です。

 後日、白鳥氏が著した森開社の刊行目録が届く。白鳥氏の詩と山中富美子の『在りし日』が掲載。森開社40周年記念展には行けなかったが、ささやかな感動がここにある。

 まだ片付けが済んでいない(深夜勤務を挟むとはいえ、遅過ぎ)自分の部屋のレイアウトを何とかせねば。芸術愛好家の私としては不本意でありますが、便利で安価な事務机の購入を検討中。
森開社の装幀を眺めているうちに、益々、自分の詩をPCやWeb上でのテクストではなく、物体としての書物として残したくなってくる今日この頃・・・。
posted by 雅 at 21:56| 書物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

書物、絵画

 ここ1ヶ月、休みの日は引越作業にかかりきで、更新は止まったままでした。改装作業から始まってずいぶん疲れた・・・。作業の合間に猫の動画(大の猫好き、特にマンチカンが大好き)を見て(「ぬこ」というのが流行っているのには笑った)、宇徳敬子さんの曲をよく聴いていました。クラシック好きのイメージの強い(特にショパン、メンデルスゾーンが好き)私のイメージとしては、宇徳さんとは意外な趣味だと思われるかもしれませんね。とても可愛らしい方です。

 1年以上探していた、尊敬する詩人、白鳥友彦氏の『夢の研究』を見つけて、ようやく注文。森開社の本は、常に限定出版なので、新刊書以外はなかなか見つからないし、見つかっても非常に高値になっていて手が出ないのですが、嬉しいことに定価で購入が可能だということ。白鳥氏は、森開社のフランス詩の翻訳詩集を読んでからずっと憧れの詩人でした。森開社は私の数少ないお気に入りの出版社です。造本も実に素晴らしい。森開社が中心になって再発見した、忘れられた天才詩人、山中富美子の全詩集が出る日もそう遠くは無いと思われます。詩がなかなか書けない私(別にサボタージュしているわけではありません)には、方法論の確立が必要であると思っていたのですが、白鳥氏の作品で何か得られるものがあると思います。『夢』の記述は私のテーマの一つです。

私の詩については、こちらでまとめて読むことができます。

書物雑感

 狭かったアパート暮らしから解放され、これで油絵も描ける。まだダンボールの整理が残っているので少し先になりますが・・・。記念として、夕暮れの小路を描いた自作の油絵を額入れしたいのですが、お金が無いので、少し待とう。
 
 LinuxマシンをFedora10から12に更新。最初は動作が非常に軽快なだけで、できることが少なかったのですが、次第にWindowsに匹敵するマシンになってきました。今では普通にmp3や動画も視聴できます。職場では時々、Microsoft Officeを使うので、LinuxでOfficeを使用する方法を探しています。Wineにインストールしてみたのですが、Wordは使えるが、Excelはバグが出てそのまま動きません。LinuxでOfficeを使っている方もみえるので、私の設定が間違っているのだと思います。

私の作曲した春らしい曲はいかがでしょうか




posted by 雅 at 21:55| 書物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

詩作余話

帰巣本能を持ち、而も飛ぶことの出来る「鳥」という存在。

飛翔・・・それは、空間から空間に対する飛躍であり、彼の鳥は空間に対して、一つの軌跡を描く(空に対してデッサンをする)のだ。彼の鳥が私に呉れた一枚の羽根。私はそれを握りしめ、想いは飛翔し、世界の果てまで行き着くことが出来る!望むなら(恐らく、それは信仰心篤い一部の人のみであろうが)神の国でも、地獄の底までも・・・。

 しかし、私は思索の世界の中から、飛ぶことが出来ない肉体の現実に帰巣し、純粋な羊皮紙が汚されることを怖れている。クリスタル製のインク壷のように純粋なる思索の軌跡をわが羽根ペンの舞に託し、思索の沼辺、すなわち厳選された高貴なるインクよりわが白鳥が飛翔することを待ち望んでいる。氷河に閉じ込められ、飛翔出来ない白鳥、すなわちクリスタル製のインク壷から羽根ペンを以て、空白に軌跡を描けない詩人・・・

 夢より飛来し、現実という氷河に閉ざされる白鳥、すなわち我らが師たるマラルメの思いを受け継ぐ詩人達の永遠の夢を、「白鳥の形見たる羽ペンよ、硬化したわが脳髄の代わりに語っては呉れまいか」と祈る私に対して、無常にも昔日より時を刻んできた置き時計は、時の到来を告げ、私を幻滅に追いやるのである。


ペンとは元来、「羽根」を意味します。羊は犠牲の象徴であり、かつて写本が羊皮紙に書かれたのは、単なる経済的事情(丈夫で美しく、しかも、パピルスより安価)だけではないと思われます。インクはオークガルインクを用いたらしい。


posted by 雅 at 22:22| 書物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

書物の余白

 価格面という問題から書物の装幀の問題を取りあえず抜きにして、多くの書物について以前から非常に気に入らないことが一つある。日本の出版社のその殆どが、書物の余白の取り方について、驚く程無神経であるということだ。西洋の造本の伝統を完全に無視している。

 そこで、私は書誌学者A.W.ポラードが著した『書物の余白』をお勧めする。日本には故生田耕作氏の翻訳がある。厳密な法則は無いようだが、ポラード自身(の簡便な法則)によると、書物の「のど」、「天」、「小口」、「地」から順に、2:3:4:5の割合にするのがよろしい。
この法則は、美的感覚は勿論のこと、書物を読む時の持ち方にも関係する。第一、非常に見易い。文庫本は手軽だが、美的には最悪である。別に私はビブリオマニアというわけではないが(おそらく、予備群ではあるが)、内容がいくら素晴らしくとも版面の組み方次第で、読む気に全くならない書物に随分出会ったように思う。
 
 森開社の余白の取り方は素晴らしい。全面的に満足ではないが、白水社も悪くはない。名前は出さないが、大手出版社の書籍の9割は落第である。本の著者は満足しているのだろうか。

 私もどうやら過去の遺物なのかも知れない。コンピュータは研究や仕事で使う練習として持っている(ただし、Windowsは昔から大嫌い・・・95時代に触れた人なら気持ちがわかると思う。OSの仕組みも気に入らない)が、デジタルカメラや、ブルーレイ、それどころかテレビやデジタル腕時計(部屋に置いている父のしていた腕時計は別)すら持っていない。デジタル時計も携帯電話(昔から持っていたが、着信音をクラシックにしたりしても、やはり嫌いな物は嫌いだ!仕方なく持たされている、しかも代金は家族の分まで私持ち(泣)。持たなくていいなら、家族の他の人持ちでも持たない・・・頑固でわがままな私。メールは料金の安いソフトバンクに変えてからやり方を知らないし、覚える気が無い)も大嫌いだが、懐中時計なら持ってもいいと思う。私は流行のものの殆どが大嫌なので。テレビは自分の部屋に一生置かないと思う。自然や芸術に関するもの以外の殆どの番組が目障り、そして耳障りだ。

 当然、私と趣味の合う人は、学究肌の人か芸術家、あるいはディレッタント連中に限られることになる。

 
posted by 雅 at 00:21| 書物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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